小児の発作性強直性眼球上転 〜総説〜
Paroxysmal tonic upgaze of childhood—a review
Robert Ouvrier, Frank
Billson
(Westmead小児病院、シドニー、オーストラリア)
Brain & Development 誌27号185-188ページ (2005年)
日本語翻訳:粂
和彦(熊本大学) http://k-net.org/
<要約>
OuvrierとBillsonの1988年の論文が、この臨床所見(entity, 訳者注:このような症状を伴う状態として報告された臨床例の報告という意味で、本論文ではentityを使用している。今のところ、異なる状態の児が混在していると考えられるため、一般的に使われるdisorder=障害, syndrome=症候群などの言葉は使われていない点に注意が必要。この点は「結語」も参考のこと)の記載のおそらく最初である。最初に報告された4症例の臨床的特徴は以下の通り:(1)発症年齢は通常1歳未満、(2)様々な持続時間を示し、目の異常な方向性を補償するかのような首の屈曲(顎を下げる動作)を伴う、両眼の上方偏移のエピソード、(3)下を見ようとするために起こる、下方向に繰り返す眼球運動(サッケード)、(4)水平方向の眼球運動は正常、(5)症状の日内変動、(6)睡眠後には改善が見られることが多い、(7)熱性疾患により増悪、(8)さまざな程度の運動失調、(9)その他の神経学的検査には普通は異常がない、(10)長期間観察しても悪化しない、(11)改善してしまうこともある、(12)CT,MRIなどの脳の画像検査、脳波、脳脊髄液中の神経伝達物質などの検査も異常がない。
2002年の時点で、49例が報告されている。病因としては4家族に常染色体優性遺伝、3例で胎児期にバルプロ酸ナトリウムの暴露、5例で脳の構造的異常(ミエリン形成不全× 2、脳室周囲白質軟化症、ガレノスの奇形の静脈、松果体腫)が含まれる。数例は、L-ドーパに反応したが、後は無効。病態生理はまだ未解明。予後は、約半数のケースでは良かった。残りの症例では、運動失調、軽度の認知能力低下、眼球運動の障害が残るケースがあった。
<本文>
OuvrierとBillsonによって報告された幼年期の明らかに良性の眼球運動異常を伴う症候群で、1988年に、小児期の良性発作性強直性眼球上転(BPTU)[1]と名付けられた。
1.最初の報告症例の臨床的特徴
通常生後1年以内に発症。眼の動きの異常は、眼球の上方偏移と、それを補償するかのような、顎を下げる首を曲げるような姿勢変化で構成され、その持続時間は、ほぼ決まった長さの場合と、一定せず種々の長さの間、継続する場合があった。この時、長時間続けて下向きに視線を向けることが困難なため、下向きの眼球運動(サッケード)を繰り返すことになる。水平方向の眼球運動は、ほとんどの症例で、臨床的に正常であった。発作中にも、意識は維持された。日中に、印象的なほどの症状の波があることが、しばしばあり、また、睡眠を取った後は、症状が改善することが多い。発熱性の疾患で、症状が悪化することが、しばしばある。
最初の4例の報告では、慢性の運動失調の男の子の症例が1例と、発熱性疾患中に運動失調が出現する例が1例あった。運動失調は、眼球運動異常が出現する時にだけ見られる場合と、常に見られる場合があった。他の神経学的な検査では異常が認められなかった。15歳まで観察した例を含む長期観察で、症状が悪化した例はなかった。これらの最初の患者は、時々、上を見ることが困難になったり、上方向の眼振を経験することはあったが、徐々に症状は改善していった。一人を除いて、5歳までに症状は完全に消失した。交通事故で、18カ月の時に死亡した児の解剖所見でも、脳神経系には異常が認められなかった。
抗痙攣薬、アセタゾラミド(商品名ダイアモックス、炭酸脱水素酵素阻害剤)とACTH(副腎皮質刺激ホルモン)による治療は無効だった。最初の症例の一例には、L-ドーパが投与され、母親は、症状がはっきり改善したと報告したが、医師による確認はされていない。
3例では、血清乳酸とピルビン酸を含む代謝検査、リソソーム酵素、放射線を用いた神経画像検査、脳脊髄液中の神経伝達物質や代謝産物の検査が行われたが、正常だった。
2.その後の症例
最初の症例報告以来、45例の追加症例が報告されていて、そのうち35例は1998年以後である。報告されていない症例も、多数あると考えられる。Haymanらのグループが1988-1996年の間に、人口が約400万人のメルボルン地域で16例の症例を見つけていることから[2]、この疾患は、非常に稀ではないと考えられる。(訳者注:小児人口を考えれば数万人に1例以上ある)
最初の論文で記載された臨床的特徴が確認され、さらに詳細がわかってきている。症例の中の一定の割合に、運動失調や、軽度の眼球運動の異常、学習障害が残ることが示され、また数は少ないが、中等度から重度の知的障害が残る例も認められた。そのため、最初に症状が記載された時に使われた、「良性(benign)」という形容詞は削除された。しかし、実際には、約半数の症例では、予後は良い(後遺障害は残らない)。また、同様の臨床症状が、脳の構造的病変から生じることも明らかになったので、このような症状が見られた場合には、脳の画像検査が常に必要である。詳細については、次のセクションに記載する。
3.眼球運動所見
眼球運動の障害は、最も明白な所見である。最も早い場合、出生後の最初の週に出現した例が報告されていて[3]、遅い場合は、症状出現が遅い以外は典型的な症例で7歳発症例 [4]、あるいは松果体腫瘍患者における9歳発症例 [5]がある。典型的な眼球運動異常の所見のビデオが、[6]で入手可能。
メルボルンの多数の患児の解析では、発症年齢は1週齢から26ヶ月齢(平均5.5ヶ月齢)で、症状の改善は、発症後2日後から7年までの間(10例の平均で2.6年)に認められた。 Verrottiらの研究では、6例を10年以上継続観察し [4]、発症年齢は2.6歳から7.4歳の間で、発作のエピソードは1から4年後の間になくなった。発症は、時に、発熱性疾患や、予防接種の接種後の24時間以内に認められたが[2,4,5]、通常は特に誘因が認められない。睡眠との関係は、時に逆説的になりうる。一方では、眼球運動異常は、睡眠後の起床時になくなり、その数時間後に発症、さらに睡眠で改善することがある [1,7]。しかし、一方では、睡眠による改善が起きる時と起きない時があったり、改善が全く認められず、起床直後に症状が発症することもある([6]、および著者らの観察結果)。成長とともに、発作の持続時間と頻度は、徐々に減って完全になくなる。その後数年間は、一時的な再発が認められることがある
[2]。長期的には、垂直または水平方向の眼振、斜視と眼球運動の異常(hypometricサッケード)が、一部の患者に残存する[1,2]。
4.神経学的転帰
4.1. 運動失調
眼球上転発作時に断続的に発生したり、あるいは、非発作時にも継続するような運動失調は、明らかに重要な合併症である。これまでの症例報告から、運動失調の合併頻度、性質および重症度の鮮明な結論を得ることは困難だが、49例報告された症例の少なくとも12例に、運動失調が残存した。運動失調の発作時の患者の映像によると[6]、この患者は運動失調時に眼球上転を示さず、運動失調が眼球運動と独立して発生する可能性を示唆する。運動失調は、多くの場合、体幹に出現する。少数の患者にめまいが記載されている([2]とEchenne氏からの個人的な情報提供2002)。
4.2. 認知障害
最初の症例のうち2例は、認知的な障害を認めた。一人は学習障害を示し、もう一人は軽度の知的障害と行動の異常を示した。メルボルンの研究では、69%の患児に発達遅滞、知的障害や言語の遅れが認められた。このような障害を示した11症例の中の3例は(訳者注:同一家族の3人)、低身長、先天性内反または交代性内斜視などの障害のある兄弟を持つ患児だった。この家族発症例の認知障害は、発作性強直性眼球上転よりも、基礎となる症候群に関係があるのかもしれない。一方で、Verrottiらの調べた6例は最短でも10年のフォローアップの後に神経学的検査、および、正式な心理学的検査に関して、すべて正常であった[4]。
全体で見て、患者の約50%は、知的能力は正常である。40%程度に、学習または軽度の知的障害があり、約10%に中等度から重度の知的障害があると考えらえる。Verrottiらは、発症が遅い方が予後が良い可能性を示唆している[4]。
4.3. その他の神経学的障害
熱性痙攣があった症例は、数例記載されているが、約50例の小児を調べれば、これは、ある意味で当然予測される結果である [2,4,8]。1例か2例には、てんかんが認められた[2]。しかし、脳波検査と遠隔ビデオ撮影検査(videotelemetry)が繰り返し行われたが、発作性強直性眼球上転の発作時には、一貫して、てんかん性の活動は認められなかった。したがって、発作性強直性眼球上転(PTU)は、てんかん性の疾患だとは考えられない。
数人の患者は、脳の構造的病変を示した。Sugie (杉江)らの報告した症例は、筋緊張が低下し、軽度の左片麻痺を伴った [9]。 MRI検査で、脳室周囲の白質軟化症、と髄鞘形成遅延を示した。Haymanらの17番目の症例では、長期にわたる水頭症と、ガレン奇形の静脈と、部分痙攣発作を伴った[2]。 Spaliceらの3番目の症例の場合は9歳で、眼球運動異常と転倒発作を発症した[5]。松果体腫瘍症例は、外科的に治療された。ガレン奇形の静脈の塞栓治療と、松果体腫瘍の外科出後に、強直性眼球上転は改善した。
著者らは、大脳半球の手術後に、術後一過性に発作性強直性眼球上転が認められた症例と、MRI検査で髄鞘化の遅延が認められたことに伴って、PTUが認められた症例を経験した。
それ以外に報告された全ての症例で、放射線検査による神経学的な所見は、特になかった。
5.鑑別診断
強直性眼球上転の他の原因は、次のとおり。
- てんかん、眼球上転時の、脳波検査でスパイク状の異常活動がなければ除外することができる
- 頭位性眼球運動発作(?)、後部第三脳室の嚢胞性神経膠腫の女性患者に発症したことが記載されている [10]。患者が仰臥位になるたびに、即座に、強く上方共同注視を発症した。
- パーキンソン病性眼球運動発作と薬物関連の発作(フェノチアジン、L-ドーパ、リスペリドン、目とクロルプラミド)。
- 脳幹の破壊性病変:持続的な上向きの強直性眼球上転は脳幹部の内側縦束の吻側間質核領域や、背外側の中脳水道周囲の中脳灰白質の病変で見られることがある。
- 心停止または持続的な全身性低血圧による昏睡。持続的な強直性眼球上方偏移は、水平面に目の位置が回復するまでの数日間見られる。ただし、上部中脳や視蓋前域の限局性病変は、Keaneらの報告した一連の症例では認められていない [11]。
- 下部の方の視野のみが維持されている網膜の病偏。目のチックや、自発的で間歇的な上方視など、その他の眼球運動異常が、この診断と混同されることもある。
6.病因
メルボルンの家系の2例に、常染色体劣性遺伝を示唆する家族歴を認めた[2]。この家族の一つでは、低身長の3人の兄弟が、強直性眼球上転を示した。もう一つの他の家系では、正常な両親に、同じように症状が出た二人の子どもが生まれた。
Campistolらは、親が同じ症状を示したり、兄弟に同じ症状が出た三人の患者を報告し、優性遺伝を示唆している[12]。これらの患者は、L -ドーパで改善した。Guerriniらは、三世代に同じ症状が出た症例を報告した [13]。
報告された2例[8,12]と、未報告の1例では(P.
Grattan-Smithからの私信,1997)、母親が妊娠中にてんかんに対するバルプロ酸ナトリウムを服用していた。
上部脳幹部に浸潤する構造的な病変を有する症例が複数認められたことから、この障害を引き起こす解剖学的部位は、上部背側脳幹と考えられる。しかし、眼球運動障害が通常断続的な性質であり、多くの場合、画像検査で検出できるだけの病理的な異常が認められないことから、病因は、発達が未熟であることや、神経伝達物質の不足、未確認のイオンチャネル遺伝子の変異(channelopathy)などによる、機能的なものである可能性が高い。
てんかんや、片頭痛的な病因を支持する証拠は、ほとんどない。
さらなる病因の解明には、家族発症例などからの分子生物学的な知見や、標的になる神経伝達物質(例えばドパミン)の結合サイトを調べるようなPET検査(ポジトロン放出断層撮影法:positron emission
computerized-tomography)、さらに対応する解剖学的な神経回路(脳幹の動眼・前庭神経回路)などの知見が必要になろう。
7.結語
現在のところ、発作性強直性眼球上転という臨床所見(entity)には、異なる原因によるものが混在して分類された状態である(訳者注:要約部分の訳者注も参考のこと。あくまで、同じような症状を伴う患児についてまとめただけであるため、例えば「半数の予後が良い」というのは、一人の患児がいる時に、その子の予後が良い確率が50%であるということを「全く」意味しない。この点、医学の専門家ではない方が読む場合に、是非、十分に留意されたい)。家族性症例は、明らかに常染色体優性と劣性遺伝の両方から起こる。少なくとも3つのケースについて妊娠中にバルプロ酸を服用していた母親から生まれた。
この症状は、てんかんや片頭痛性のものではない。
特に上部脳幹部分の構造的病変の除外を必要とするが、通常、典型的なケースでは異常はない。
症例の約50%が、(症状が消失して)通常の発達をする。約40%に軽度の認知や言語の問題が残る。ごく少数では中等度または重度の知的障害がある。約25%には運動失調症が残り、他の約20〜25%には、斜視や眼振などの、他の眼球運動の問題が残る。
以下の薬剤による治療は無効だった:アセタゾラミド、ACTH、および、様々な抗痙攣薬。いくつかのケースでは、低用量のL -ドーパ療法で明らかな改善があったとされる。このL-ドーパ治療は、眼球運動障害が、もしドーパミンの局所的不足の所見として現れている場合には、運動失調や知的障害などの他の臨床症状にも、おそらく良い効果があるので、試してみる価値があると考えられる。
<文献>
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[13] Guerrini R,
Belmonte A, Carrozzo R. Paroxysmal tonic upgaze of childhood with ataxia: a benign transient
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1998;20:116–8.