麻疹予防接種の国際比較: 天声人語の記事について 2004年4月 修正 (初版2002年6月6日,2003年6月、2004年4月改訂)
熊本大学・粂 和彦
この意見を発表して、2年経ちましたが、まだ日本の麻疹発生は続いています。麻疹ワクチンの「1回」接種率を上げていくだけではなく、2回接種を勧めていくべき段階に、早くなって欲しいと願っています。一部ですが、改訂しました。
2002年6月2日の朝日新聞・天声人語に下記の記事が掲載され、私のコメントが引用されました。このコメントは、私も運営に参加している、「グローバルな視点から日本の保健・医療を考える会(FMJ:
http://www.k-net.org/fmj/)」で、取り上げられた内容です。
その元になったコメントと、それに引き続く、参加者からの予防接種の国際比較に関する議論は、下記のホームページの中から、208番から始まる一連のメッセージとして、誰でも読むことができます。
天声人語の記事そのものについては朝日新聞が文責を持つわけですが、私の方へも、さまざまな方から、貴重なご意見や質問を頂戴いたしました。上述のコメントを書いたのは、日本の予防接種の状況に対して不満と危機感を持っていたからですが、これらの意見にフィードバックをすることで、さらに内容を深めていきたいと思います。また、この文章の内容もまだ不十分ですので、みなさまの忌憚のないご意見を歓迎します。意見のメールは、こちらにお送り下さい。(ただし、全部には返答できないかもしれませんので、あらかじめご了承下さい。)
最初に、天声人語を引用します。便宜上、番号を入れています。
■《天声人語》 2002年06月02日 朝日新聞朝刊
1.茨城県北茨城市の中学校で、この春、はしかの集団感染が起きた。県に入った報告によると、3月1日に2人の患者が出て、10日以降、数人ずつの発症が続いた。4月26日に終息宣言が出るまで、在校生約600人の同中で79人、市内全体では109人がかかった。
2.市は小中学生全員に聞き取り調査をし、ワクチン未接種とわかった278人には公費で接種した。幸い、入院した重症患者も含めてみな快復した。だが、昨年11月に北海道で発症した女子高校生は、ウイルスが脳に入って死亡している。
3.厚生労働省の統計によると、昨年は11月までに19人がはしかで亡くなった。00年は18人、99年は29人。肺炎などを併発したケースも含めると、死亡者は年間80人程度にのぼると専門家はみる。こんなにはしかが猛威を振るう先進国は、日本くらいといわれる。
4.熊本大学助教授で医師の粂(くめ)和彦さんは、米国に滞在中に子どもに予防接種を受けさせた時、一度に両腕とおしりの3カ所に注射をされて驚いた経験がある。通院回数を減らすため、可能なものはすべて一度に打つのが米国流と聞いた。
5.「アメリカは自由の国、集団での強制接種もないから接種率は低いと思っていたんですが、幼稚園や小学校は予防接種をしていないと入れないので、実際にはほとんどの子が受けていました」。
6.米国のはしか患者は年に100人程度。日本は10万人から20万人だ。自然感染時の危険性は、ワクチンの副作用の危険性よりずっと高い。日本医師会は、1歳になったら早めに予防接種を、と呼びかけている。
記事に対する、私からのコメント
1.はしかは怖い病気です。
麻疹は怖いというのは、私自身の場合は、統計的な科学的な数字以上に、個人的な体験に基づきます。研修2年目に小児科をローテーションしていた時に、直接の受け持ちではありませんでしたが、麻疹後肺炎の12歳の女児が死亡しました。私のいた病院は、白血病などの治療は行っていなかったので、小児が死亡することは稀で、スタッフのショックも大きく、私は病理解剖にも立ち会いましたが、その時の辛さは忘れられません。
三重県感染症発生動向調査情報、下記のページから引用します。
http://www.kenkou.pref.mie.jp/topic/masin/masin.htm
麻疹とは…?
RNAウイルスである麻疹ウイルスによっておこる赤い発疹を呈する急性発疹性疾患です。(中略)
約30%の患者が一つ以上の合併症をおこすと言われています。合併症は5歳以下あるいは20歳以上で多くみられます。下痢が患者の8%、中耳炎が7%、肺炎が6%におこると報告されており、肺炎はウイルス性のことも重複感染による細菌性のこともあり
ます。脳炎が1000例に1例程度報告されており、死亡率は約15%で、後遺症が25%に残
るとされています。肺炎・脳炎の合併は年少であるほど死に至る危険性が高いので注
意が必要であり、感染を予防することがもっとも重要となります。
また、麻疹ウイルスの持続感染によると考えられている亜急性硬化性全脳炎(SSPE)が麻疹患者の100万例に5〜10例おこると言われています。進行性の神経症状、痴呆症状を示し、最終的には死に至る予後不良の疾患ですが、米国では麻疹ワクチンの普及により激減しました。
2.集団感染の発生
麻疹の抗体を持っていない人の割合が5%以上になると、このような集団感染が起きる危険性が高まるとされています。(この部分ですが、5%という数字には、はっきりした根拠がありませんでしたので、削除します。)麻疹の抗体を持っていない人の割合が多くなると、このような集団感染が起きる危険性が高まります。子供の側の問題だけではなく、教師が感染源になることもあります。この点、アメリカでは、教師・医師など、多数の子供・患者に接し、感染源になった場合に危険が高い職種については、大人もワクチン接種する義務があります。大人では死亡率の高い合併症の割合は低いので、このようなワクチン接種は、「個人(自分自身)のため」ではなく、「社会(公共の福祉)のため」のものです。日本には、そのような規制はありません。それどころか、このようなニュースもありました。
【医学生の多くが免疫持たず 国立感染症研が調査】 毎日新聞 2002.01.25
http://www.mainichi.co.jp/news/selection/archive/200201/25/20020125k0000e040057000c.html
大学医学部の学生の多くが麻しん(はしか)、おたふくかぜ、風しんの免疫を持っていない可能性が高いことが、多屋馨子・国立感染症研究所主任研究官(小児科)らの調査で分かった。ワクチン未接種などが原因とみられる。最近、成人で麻しんなどの感染者が急増しているが、治療に当たる若手医師が感染し、さらに患者を増やす恐れもある。(中略)感染症にかかる可能性がある「陰性反応」を示した学生は麻しんが29%、次いでおたふくかぜが26%、風しんが19%、水ぼうそうが2%だった。
#感染源としての大人の責任:
医学知識のあるべき医師が、感染源となって、患者さんに被害を与えた場合は、当然、補償すべきだし、場合によっては、傷害罪にも値するのではないかと、私は考えています。これは、私自身が、研修医になったばかりの時に、そのような知識も意識も無く、自分が風疹になってしまい、発症してすぐに家で謹慎はしましたが、もしかして、どこかで妊婦さんにうつしてしまったのではないかと、大変に後悔し、悩んだ苦い経験に基づく意見です。なお、私は研修医になった時に血液検査で、おたふく風邪と風疹の抗体価が低いことがわかり、おたふく風邪ワクチンは注射しましたが、風疹は、自然り患したと、両親から聞いたため、予防接種をしていませんでした。
3.はしかの患者数
日本では、はっきりしたデータはありません。死亡数についても、きちんと調査はされていません。このことが既に大問題で、自然発症で、年間何人死んでいるというはっきりした調査がないと、例えば、ワクチン接種率が向上した時に、どの程度、それが貢献したかも示すことができず、結局、エビデンスに欠けることになります。しかし、定点調査や、報告された死亡例の数だけから推定すると、6.に引用された数が、妥当か、控えめ程度でしょう。
国内の麻疹の発生数については、感染症情報センターにさまざまな情報があります。
http://idsc.nih.go.jp/index-j.html
特に、麻疹については、この5年間、急増しているという報告があります。
http://idsc.nih.go.jp/douko/2001d/01_g2/23douko.html
アメリカの麻疹のの統計は、CDCの下記にあります。これによると、1999年、死者ゼロ、発生数100となっています。予防接種率は91%です。
http://www.cdc.gov/nchs/fastats/measles.htm
Measles (All figures are for U.S.)
Number of Deaths Annually: 0 (1999)
Number of Cases Annually: 100 (1999)
Number of Cases Per 100,000: 0.04 (1999)
Percent of Children Ages 19-35 Months Vaccinated Against Measles: 91% (2000)
また、CDCが作る、下記のページには、英語ですが、さまざまな予防接種について、利点や副作用を含めて、詳しく解説されています。
http://www.cdc.gov/nip/
最近の麻疹ワクチン接種回数と、発生状況
(日本は1回接種しかしていない数少ない国の一つということがよくわかります。)
http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5220a4.htm
4.アメリカという国の特殊性
アメリカ合衆国は、実は合州国、つまり、州が集まった国で、それぞれ州は独自の憲法と政府を持つ独立国に近い存在ですから、州同士の違いは、日本とその他の国以上に(?)違っていたりしますし、地方自治が発達しているので、市町村単位での差も非常に大きいです。祝日・休日すら、州や市町村単位で異なります。ですから、「アメリカでは」と語るのは本来は不適当で、ほとんどのことは「例外や地域差」があります。ここに書いてあることが、すべてアメリカのどこにでも、あてはまるとは限りません。ただし、予防接種率が全体として高いこと、可能な場合は、多種類同時にうつことは、日本との差として、はっきりしています。
また、この文章を読んで、私、またはこの記事の著者が、「多種類同時にうつこと」を推奨しているというように受け取られた方がいるようですが、後述の歴史的な問題もあり、日本では時期尚早だと考えています。ただし、個々のワクチンの安全性が確立し、複数接種の安全性も確立された段階では、当然、多種類同時投与という選択肢が模索されても良いと考えます。その場合も、「多種類を一度に打たないといけない」のではなく「打つという選択肢を取れるし、それが安全であるという情報が明示されている」ことが、肝要です。
また、この時、息子の受けた3種類ですが、後述のMMRの3種類ではなく、実際には、MMR(これは最初から混ざった1種類の薬で1箇所にうちます)と、それ以外の2個のワクチンを、接種しました。
5.集団接種と個別接種、強制と義務
日本は、歴史的に、予防接種は学校での集団接種で、ほぼ強制接種でした。それが、94年にBCG以外は集団接種が中止され、個別接種になりました。そのことが、接種率の低下のひとつの原因になっています。アメリカも、方法は同じで、接種することそのものは義務でも強制でもないし、個別接種の国です。自分で、医師のクリニックに行って、個別に受けなくてはいけません。ですから、当然、接種率もそんなに高くはないのでは、というのが、留学前に、漠然と持っていたイメージでした。しかし、実際に行ってみると、少なくとも私の住んでいたマサチューセッツ州では、非常に接種率が高く、その理由は簡単で、打ってないと、託児所・キッズサークル・子供キャンプ・保育園・幼稚園・小学校などに、いっさい入れないのです。必ず、接種済みの診断書の提出が義務付けられます。
アメリカは、個人主義・自由の国、というイメージがありましたから、これは予想外のことでした。これに関して、では、アメリカでは、結局、強制接種と同じではないのか、あるいは、アメリカでは、子供に予防接種を受けさせないという選択肢はないのか?という質問やコメントをたくさん頂きました。この点に関しては、これは強制ではなく、個人主義に基づく自己責任において、自由意志で受けているものだというのが、私の見方です。その理由は、下記のような選択肢があるからです。
<どうしても受けさせたくない親はどうすればよいか?
就学に予防接種を義務付けている自己責任の国、アメリカの例>
A.予防接種を義務付けていない学校を探す
これは、現実的には、非常に少ないし、MA州等は、義務付けていないと学校として認可されません。ただ、別の州では、アーミッシュの学校などが認められているようです。アーミッシュとは、文明化を拒否し、原始的な生活を送ることを、教理とするキリスト教の一派で、電気を使わない生活をしていることなどで有名で、予防接種などの非自然なことも拒否するようですが、そのため、オランダではアーミッシュの間でポリオが流行したこともあったそうです。
B.学校に行かせない
これも、州や町によって異なるかもしれませんが、アメリカでは小学校に入れることも「義務」ではないようです。家庭できちんと学習させるというホーム・スクールというのがあり、数人の家族が協力し合って、家で、子供たちを教育する形式が認められています。日本でも、高校に行かずに大学検定を受検するというやり方がありますが、小学校の段階から、さまざまなやり方を許容するのが、アメリカ流ですね。
C.個別に教育委員会と話し合い、「受けないで入学させる」許可を得る
たとえば、先天性免疫不全の子は、医学的に予防接種を打てませんが、当然、学校は、交渉すれば受け入れると思います。障害児教育を見ていても、日本だと「規則なら例外なし、が、平等」だとなることが多いのですが、「個人主義」「自由主義」「自己責任」の国ですから、常に交渉の余地がありますし、逆に、自分から言わなければ、何も起きません。
ここからは先は、アメリカ生活をしてきた経験からの想像ですが、もし、公立の学校に親が子供を連れて行って「うちは、予防接種を受けさせたくないが、この学校に入れたい」といえば、まず理由を聞かれて、上述のように医学的、または宗教的な理由ならば、許可される可能性が高いと思います。しかし、「予防接種で被害にあった知人がいるから、うちたくない」とか、「国の統計は信用できないし、安全性に疑問があるから、うちたくない」という理由を言ったとすると、おそらく、前者なら、それがいかに例外的な事象なのかを説明し、後者なら、国・製薬メーカーの統計以外の第3者機関のデータや、なぜこの州が義務化したかなどの資料を山ほど取り出して、看護師がさんざん説明して、説得されるでしょう。また「麻疹なんて、年間100人だからなる可能性は低いから受けさせたくない」といえば、「この学校には、日本から留学してくる人の子供もよくくるから、受けたほうがよい」と言われる可能性もあるでしょうね・・・そして、この説明を聞いて、親が子供に予防接種を打たせて、副作用がおきても、学校そのものには責任はありません。説明を受けて選択したのは自分ですから。しかし、その場合、このロットのワクチンが、報告されているよりも高い確率で副作用を起こせば(昔の日本のMMRのように)、製薬会社に当然、責任が発生して、訴訟・補償の対象となるでしょう。そのようなケースでは、アメリカは、PL法を筆頭に、消費者の権利が強く、守られていますので、日本よりも被害を受けた方が有利になるし、また、政府・製薬会社も、隠蔽していることがわかれば、巨大な懲罰的な罰金を受けますから、できる限り、安全性を追求しようとします。
さらに、学校の説明を聞いても、それでもワクチンを子供に打ちたくないといえば、「では、もし、あなたのお子さんが感染して、他の子に感染した場合(予防接種を受けても、免疫がつくとは限りません。)、その補償の責任をとってもらいますので、それに同意するという文書にサインしてください。」ということになり、最終的には許可されるのでは、と思います。これが「自己決定に基づく自己責任」です。決して強制ではなく、インフォームド・デシジョン(充分な説明を受けて納得し、自分で判断して行動すること)だと考えています。ただし、下記の点もあり、実際には接種しないという判断は、非常に難しいでしょうね。
# 子供の権利を親が侵害する可能性
もし、親が予防接種を子供に受けさせず、子供がその病気にかかり重大な結果になった場合、アメリカ的な考え方では、親の行った「予防接種を子供に受けさせない」という行為が、科学的に正しかったということが証明できなければ、その親は、自分の子ともに対する「保護義務違反」または「虐待」で、訴えられ有罪になります。これは実話ですが、ある日本人の家庭で、母親が家の扉をあけたままにしておいたところ、2歳の子供が外に出て、近くの池に落ちて溺死しました。この母親は第2級殺人罪で訴えられ有罪となりました。子供の権利を高く評価するのも、アメリカ流です。
なお、蛇足ながら、私は集団接種の再開は反対です。個人で選択するということがはっきりする、アメリカ型の方が良いと考えます。また、予防接種の安全性・有効性について下記に書く過去の反省も含めて広い範囲で検討して、大多数の国民の信頼が得られれば、将来の課題として、就学時の条件としての義務化には賛成です。
【重要なポイント: 日本の予防接種率が低い最大の原因(改訂2版)】
2002年6月に書いたこの部分の、「もっとも大きな原因は、集団接種がなくなったというような制度面や、麻疹は怖いものだという知識が欠如しているということではなく、これまで多数の予防接種の副作用の被害があったからだと考えられます。」という部分は、完全に間違いだったと、その後、認識するようになりました。現在でも下記の初版の意見のこの部分を除く内容そのものは正しいと考えていますが、最も大きい原因ではありません。
その理由としては、麻疹ワクチンを受けさせない理由を両親に尋ねた調査結果などで、「危険だと思うから」という理由はせいぜい1−2%程度だけであり、実際には、「両親が忙しくて行けなかった」とか、「重要なものだと思わなかった」という意見が多いからです。接種率が低い原因としては、やはり制度面・知識面の不十分さが最大のものでしょう。
また、MMR被害についての裁判結果が出たことも、今後の麻疹対策について、重要なインパクトがあると思われます。
【重要なポイント: 日本の予防接種率が低い最大の原因(初版)】
(ここまで、制度や、麻疹の現状について見てきましたが、日本の予防接種率が低い、もっとも大きな原因は、集団接種がなくなったというような制度面や、麻疹は怖いものだという知識が欠如しているということではなく、これまで多数の予防接種の副作用の被害があったからだと考えられます。)(この部分は上述のように改訂します。)そして、その被害がきちんと報告され、原因が究明され、改善したことが明示されていれば良いのですが、薬害エイズのことなどを考えれば、すぐわかるように、被害が隠されたり、報告されてもすぐに対策が取られなかったりという悪い歴史が繰り返され、市民の間に、「いくら厚生労働省や医師が安全だと言っても、信用できない」、という、根強い不信感があるからです。今回の記事を読んだ方から、外国で使われているワクチンは安全性が確立されているのかもしれないが、日本で現在使われているものが、安全性が高いという証拠は本当にあるのか?という質問もありました。また、「確かに、今のロットは安全かもしれないが、例えば、何かの製造工程のミスで、危険なロットが流通してしまったときに、現在の日本のシステムで、それをきちんと把握して、大きな被害につながらないようにできるだろうか?何十人も死亡するような被害がはっきりしてくるまで厚労省は、気がつかない、あるいは、隠すのでは?」、という不信感を持つ人もいます。そして、それは、ある程度過去の事に対して、知識のある人であれば、当然の疑問です。最近のBSEの件などを見てもわかるように、根拠が曖昧なまますぐに「安全宣言」をしようとする姿勢に、消費者は不安を持つべきだという意見も頂きました。
麻疹のワクチンに関しては、諸外国ではMMRという、麻疹:おたふく風邪:風疹の3種混合ワクチンが15年以上前に導入され完全に一般化していて、現在は、単剤の方が少ないようです。しかし、日本では不幸なことに、MMR3種混剤を導入したときに、そのうちのおたふく風邪ワクチンに不良ロットがあり、髄膜炎を起こす副作用が多数発生しました。この事故に関しても、結局、原因の究明や改善されたロットに対するきちんとした報告などがないまま、MMRそのものが中止になってしまったため、MMRの3種類を混ぜることそのものが危険なんだ、ワクチンは怖いんだ、という認識が、残ったままになっていると思われます。また、このMMRの被害が明らかになってきつつあったときに、私自身のいた病院では、かなり早い時期に、MMRを中止していましたが、危険性が公にされたのは、そのずいぶん後で、対応の遅れを感じました。現在のところ、上述のような、突発的な事故の可能性は常にゼロではないにせよ、少なくとも小児科医の間では、麻疹ワクチンに対する評価は高くなっています。ただし、この点についても、「副作用症例数は、国が把握しているものと、予防接種情報センターなどの、被害者団体が把握している数字は異なる」、「日本の製薬企業が自ら出している品質についても、MMR事件にあるように、真実かどうかわからない」、という指摘があります。統計上の数字が、1桁の違いであれば、それでもまだ、予防接種の方が安全と言えるのですが、2桁も3桁も異なれば、予防接種の方が危険、という可能性も出てくるわけです。「日本のワクチンの、厚労省やメーカーだけに頼らない、客観的、絶対的な評価が必要だ」という提言をもらいましたが、まさにその通りです。
今回の記事で、日本の麻疹ワクチンの接種率が低い背景の、このような説明ができなかったのは、残念です。ただし、現状でのデータからは、私自身は他の多くの小児科医と同様に、ワクチン接種を勧めたいと考えています。しかし、上述のように、万人が納得する形では、安全性が証明されていないという反論があるのは、確かですから、その場合、ワクチンの方が危険かもしれないという判断をしてもしかたないと考えます。いずれにせよ、アメリカ流の「自己責任」で判断を行って欲しいと思いますし、その時に、いろいろなソースからの情報を参考にして欲しいと考えます。
6.日本医師会が行っているキャンペーンなど
下記のHPで、日本医師会のキャンペーンを読むことができます。
http://www.med.or.jp/kansen/mashin.html
「日本医師会では、2002年3月上旬から女優の遠山景織子さんを起用した「麻しん(はしか)予防接種ポスターキャンペーン」を実施しています。麻しんの予防接種は、国内では1978年から小児への予防接種法に基づく定期接種が開始されましたが、接種率が低いため、1984年、1991年の全国的な流行のほか、近年もなお、小中規模の地域的流行が繰り返されています。その流行の中心は予防接種を受けていない1歳前後の乳幼児です。」
また、外来小児科学会アドボカシー委員会委員の内海先生の記事には、予防接種と自然り患の時の危険性の比較などが、わかりやすく解説されています。ここにあげれている数字を見ると、予防接種を受けた場合でも、100万例に1例ほどは、重篤な副作用を受けることがわかります。ただし、自然り患では、数千例に1例以上が重篤になり、現在、毎年、数十人が犠牲になっていることを考えれば、この数字はかなり小さいです。また、天然痘の例を考えてもらえばよくわかりますが、もし、全世界で、ワクチン接種が進めば、最終的には、ワクチンそのものも不要になり、麻疹を撲滅できます。
CMINCからのニュース: 5.麻疹撲滅のために
http://www.cminc.ne.jp/main/news1.htm
なお、2001年8月には、読売新聞も、よく似た趣旨の記事を掲載しています。
【「はしか大国」日本 遅れる対策】 患者27万、今や“輸出国” 1歳予防接種 徹底を
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/ne181402.htm
はしかが流行している。欧米に比べ“はしか大国”と言われるわが国で、予防接種率の向上が急務だ。
【麻疹以外のワクチンについて】
麻疹と同様に、その他の予防接種についても、現時点では、万人が納得できる客観的なデータが充分にはないのではないかと思います。私は、この記事のコメントから、想像がつくように、麻疹以外にも、おたふく風邪、風疹、水痘、B型肝炎、Hib(ヘモフィルス・インフルエンザ菌;風邪の原因のインフルエンザとはちがいます)、BCG(結核)、DPTななどについて、積極的に予防接種を進めるべきだろうと考えていましたが、そのひとつひとつについて、強いエビデンスを持っているわけではなく、実際には、海外のデータを除くと、あまりデータがない状況のようです。ひとくくりにするのは、もっとも悪い態度ですので、今後、宿題として個々について調べて、また意見を述べて行きたいと思います。
【さらに、補足】
6月7日:追記
日本の場合も、自治体による対応の差が、問題になっている。上述の内海先生の記事によれば、5%程度の自治体では、麻疹ワクチン接種には、自己負担が必要で、その額も、最高で、6000円!となっている。また、自治体によっては、無料接種が、年間の一定の時期にのみ行われ、それが年に1回しかないため、生まれ月によっては、ほぼ2歳に近くなるまで接種できないケースもあるという。このあたりの制度的な部分も、改善の余地があろう。