ネットでネットする

 〜インターネット・コミュニケーションを、
  市民のボランティア活動のネットワークに役立てる

●熊本大学の粂@FMJ&PMネット(などなど)と申します。
 みなさま、こんにちは。こちらでは、初めましての方が多いと思いますが、元・朝日新聞(+大阪大学など)の大熊由紀子さんを通じた縁(えにし)で、クレリィエールへ寄稿の機会を頂き、ありがとうございました。
 しかし、まあ、のっけからなんですが・・・本当は、ぼくはこんなところに文を書かせてもらえるような人ではないんです。では、いったい何者か?については、後から書きますね。ただ、最初にちょっとだけ・・・
 ぼくの本業は基礎医学の研究者で医者ですが、数年前から、インターネット(面倒なので、以下、単にネットと書きますね)を中心とした市民運動(医療改善活動)にも参加しています。そこで、知り合った大熊さん曰く、MLで「絶妙なコーディネート」をするそうです。そして「何かコツがあれば、教えて!」ということで、先日、シンポジウムのパネリストに召喚され、この文のきっかけになりました。でも自分ではネットでもいっぱい失敗しているし、この評価には???ですが、キャリアが長く、少し老練?かもしれませんので、ネット、特にメーリング・リスト(これは、MLと略します)を通じたコミュニケーションの「使用上の注意点」と、その可能性を、自分の経験の範囲内で紹介しますね。
 さて、ここまで読んで、この文章の文体に、違和感を持ったんじゃありませんか?これまでの、クレリィエールではあまり見ない文体じゃないか?って・・・その理由については、もうちょっと先まで読んでみて下さい。もちろん、わざとこんな書き方をしているのですよ!(^_^)

●情報とコミュニケーションの変遷
 最初に、ごく簡単に、コミュニケーションの歴史・現状・将来を、見てみます。素人ですから、専門家がいても、つっこまんで下さい。
 人間は、言葉(言語)により、内容の濃いコミュニケーションができるようになりました。数千年前に、文字を発明し、これは記録の役割を果たすと同時に、手紙となって、離れた場所にいる人との、意思疎通を可能にしました。平安時代の書簡のやりとりは、今、読んでも素敵ですよね。また、産業革命の頃の印刷の発明で(歴史で習ったグーテンベルクです)、情報の大量増幅が可能となります。その後、電信・電話の発明、ラジオ・TVという電気・電波を使ったテレ・コミュニケーション、マス・コミュニケーションが発達しました。
 そして、インターネット!一般に普及してからは、せいぜい10年しか経たない技術ですが、そのもたらした影響と、広がりの速度は、前例がないでしょう。また、技術的には、携帯電話の普及や、ブロードバンド常時接続の普及もコミュニケーションの方法の大きな変革とネットの発展をもたらしましたね。
 ネットの意義を詳述する気はありませんが、マスに対する情報発信を個人レベルでできること、膨大な情報がネット上に分散蓄積可能、検索エンジンの開発で、それを即時に利用できること、などが特筆すべきでしょう。ネット上に存在し、誰でも簡単にアクセスできる情報量は、これまでに発表された全ての印刷物の情報量を、大きく超えるとされています。
 以下は、余談ですが、今後、比較的近日中に大きなインパクトをもたらすのは、リアルタイムのネット会議の普及と、完璧なレベルの全自動同時通訳(文書・音声)でしょうか。ネット会議は、もう使われていますし、その同時通訳もありますが、両方が、庶民レベルで、誰でも使えるようになれば、国と国の間に存在する言葉と距離の壁が、ほぼ完全になくなります。私たち、研究者も論文を英語で書く必要もなくなります。バベルの塔の逸話を恨まなくても済むようになります。
 また、フラッシュ・モブ(脚注1)などの現象を取り上げ、ネットによるコミュニケーションは、メディアと市民のモブ化(衆愚化)を進め、没個性化を進める、という悲観的な見方もあります。ネット・コミュニケーションに慣れないことによる、さまざまな問題も指摘され、例えば、佐世保の小学生の事件のように、犯罪の原因につながるとされることもあります。ただ、ぼくは善悪に関わらず、技術は前に進む、人間が相互にコミュニケーションを交わしながら、社会を作っていく動物である以上、その手段の多様化・高度化が、マイナス面ばかりとは考えられない、という感じで、楽観的な見方をしています。(脚注2)

●電子メールは文字文化ではない!?
 ネットを介した情報交換のツールを、別表にまとめますが、今のところ、もっとも使われているのは、電子メール(以下、単にメール)と、それを応用したツールです。では、その特徴は、何でしょうか?いろいろな意見があるでしょうが、ぼく自身は、最大の特徴は、メールが、パロールに近くてエクリチュールではない、という点だと思います。なお、これは、ぼくのオリジナルアイデアではありません。(脚注3)
 パロールとは、話し言葉で、エクリチュールとは、書き言葉のことです。メールが登場する前には、この二つには、ある程度、しっかりした区別がありました。
 メールは、英語で手紙のことですが、紙に書かれる手紙には、エクリチュールを使います。普段、電話などでは、気安く話ができる相手でも、手紙では、「拝啓 時下益々ご健勝のこととお慶び申し上げます・・・敬具」なんてつけるのが、一般的です。また、一方通行で、時差のあるコミュニケーションなので、書いた瞬間と、読む時では、時間差があることを意識して書かれるのが普通です。そのため、(自分自身も受け取る相手も)書く時と、状況が異なる可能性も想定します。一方、電話で話されるのは当然パロールですが、その特徴は、絶対的な同時性と、言葉に感情がこめられることです。
 では、メールは、どうでしょうか?メールは、ある意味で手紙以上に、エクリチュールです。なぜなら、手書きの手紙なら、文字の感じ(丁寧に書いたり、くだけた丸文字で書いたり)や、便箋の質(暖かい絵のついた紙と、無機質な事務用の紙の違いなど)で、ある程度の気持ちを込めることができます。涙や鼻水のシミもつくかもです(笑)。でも、現在のメールの多くは、単なる文字の羅列です。実際、知らない人に、初めてメールを出す時には、ほとんど手紙と同じような文体を使うこともあります。また、メールを使い慣れない人は、文字の手紙と同じような書き方をいつまでもします。
 しかし、最近の多くの人にとって、メールはパロール的に機能しています。手紙よりもFAXよりも、メールが、もっとも気楽です。日常的に携帯電話のメールを使って、友人同士で連絡をとりあうような形で、メールに親しむ若者たちは、さらにパロールに近い媒体だと感じるでしょう。
 しかし、とはいっても、メールは単なる文字の羅列で、そこには、なかなか文字情報以上のものはありません。そこで、顔文字(脚注4)や、くだけた言葉を使って、パロール的にするわけです。ネットでも、チャットは、電話に近いですし、手紙でも、ハリーポッターに出てくる、「どなりつける手紙(ハウラー)」は、パロール化の究極です。
 この文章も、MLに、あいさつ文を書く時の「のり」で書いているので、クレリィエールのこれまでの文章のような「固いエクリチュール的な文」を読み慣れた方には、とっても違和感があるはずです。でも、それなりに柔らかくて、読みやすくありませんか?

●メーリングリスト(ML)を使ったコミュニケーション
 さて、手紙とは異なるとはいえ、通常のメールは、形態上・使用目的上は、従来の手紙やファックスと似ています。しかし、MLは、その仕組みの上でも、従来には全くなかったコミュニケーション・ツールです。MLには、ネットを介した他の情報交換にも見られる、ネットのエッセンスともいえる特徴が認められます。
 なおMLといってもいろいろあって、その特性は、メンバーの属性、メンバー同士の関係、規模によっても大きく変わりますが、ここでは、入会資格がゆるやかな、少なくとも数百人以上の規模のMLを想定しています。

1.最大の特徴は、「面識がない多数の相手」と、いきなり、直接の対話ができることです。逆に言えば、顔の見えない、何を考えているかわからない、多くの人の前で、いきなり挨拶・スピーチをするようなものです。情報の受け手側の匿名性ともいえます。
2.受け手側だけでなく、情報を発信する側にも、匿名性があります。たとえ、実名での署名があっても、面識がなければ、年齢もバックグラウンドもわからないので、名前にはほとんど意味がなく、匿名と考えられます。肩書きなども、一定の判断材料を提供するに過ぎません。
3.情報が発信されて、すぐ届くこと(即時性)、無料で、紙も切手も不要で、簡便に書けること(簡便性)。パロール的な気安さと、書きやすさ。
4.面識がない相手の場合、字体、材料などの情報がなく、表情のない文字の羅列なので、個々のメールに個性が乏しくなります(没個性、または脱個性性)。そして、誰からのメールも、どのような内容のメールも、同じ外見で届きます。例えば、従来のメディアなら、大新聞の記事と、週刊誌の記事、書籍としての文章などには、重さに大きな差がありますし、情報の発信は、それなりに知識や経験がある人からされることが多かったものが、メールでは、そのような差別化や、重さの差がありません。平等とも言えますが、極端に偏った意見も、同じ重さを持つように感じられます。
5.参加者の反響が感じられない、のも大きな特徴です。ある意見に共感する人が、参加者の中に多いのか、少ないのか、自分のコメントが、どのように受け入れられているのか、体感できないので、つい書きすぎたり、疑心暗鬼になったりすることもあります。

●異なる意見と立場の共有
 さて、このような特徴のあるMLですが、せっかく作ったMLが、参加者内の対立で、分解したり衰退してしまった経験をした人も多いと思います。面識がない人間同士が、インターネットだけを介したネットワークを作って、そこから何かを生み出す、つまり「ネットでネットする」のは無理だ、という意見も聞きます。しかし、ぼくは、限界と注意する点を知れば、建設的な情報交換に基づく、ネットワーク構築にネットが利用できると考えます。
 最大のポイントは、MLは情報の共有の場であり、知識・情報の格差を無くす場ではあっても、意見の差を無くすための場ではないことです。意見の差には、基礎となる情報や経験が異なるために出てくるものと、思想・嗜好・イデオロギー的なものがあります。前者は、情報を共有すれば、無くなることもありますが、後者は、基本的には、ネットに限らず、どのような手段でも簡単には埋まらない差です。上手な情報共有経験をたくさん分かち合えば、MLのメンバーにとって、そのMLは有意義になります。しかし、お互いに意見そのものの差を即時性・簡便性のあるMLで、無くそうと議論するのは、当事者のみならず、MLの全メンバーにとって徒労です。直接会って、議論している時には、その議論の中で、どこまでが妥協できる点なのか、比較的、見分け易いし、考える時間と話す時間が限られているので、譲りあい易い面があります。ところが、MLでは、時間が無制限にあり、いつまでも反論ができます。ただし、この二つの差の間に、いつも最初から、簡単に線が引けるわけではありませんし、ある部分までは、お互いに意見が変わって、近づけるということもよくあります。それを、意見交換の中で見つけることができるのも、MLの醍醐味でもあります。

●今、再び、ネチケット
 では、どうすれば、無駄なメール交換や、場が荒れる対立をさけることができるか・・・ここでは、具体的な方法を提案します。ただし、これはルール化するという性質のものではなく、管理・運営者、または場合によっては、積極的な参加者の一人として心がけて、それた場合、介入する、という意味です。

1.質問・反論の回数を制限する:質問・反論は、せいぜい2回までです。たとえば、3回以上、「それは、なぜか?」という質問するのは、禁忌(やってはいけないこと)だと思います。普段から、よく考えている人でも、自分の考えの根拠を、3段階以上、答られることは少ないものです。(脚注5)自分の意見を説明しながら、相手の意見の根拠を聞いたり、相手の意見の不備を指摘するのは、3回を限度とするのが、無難です。もちろん、建設的に意見交換が続いている時には、何度でも構いません。
2.反論は一晩寝かせる:メールの特徴は、即時性ですが、それが逆効果になるわけですから、それを避けるために、わざとローテクを使います。実際、一晩、待つと、考えていることが大きく、変化することもあります。
3.部分的な反論は避ける。相手のメールの部分部分を引用して、相手の論点のいくつかに個別に反論・コメントすることは、多くの場合、揚げ足取りにもなります。もちろんケースバイケースで、部分否定・部分コメントが有効な場合もあります。
4.異なる意見は、空中に投げる。3.を避けるため、ある意見に対するダイレクトな反論という形ではなく、別の意見として、ひとつのまとまった形で新規にコメントを投稿する方が、効率的な意見共有ができます。
5.頭を冷やす。ネット上では、全ての参加者が全く等価に感じられてしまいます。しかし、現実には、一定のディベートが成されていれば、たとえ、その直接の相手を論破・説得できなくても、他のサイレントなメンバーは、きちんと評価するはずです。相手を負かす必要はありません。
6.許容的になる。どのような状況でも、極論が飛び出すことがありますが、それらの極論も完全に打破したり、排除する必要など、普通は全くありません。その人自身を説得するのが、MLの目的ではない以上、極論には、それが極論であることを1回だけ指摘しておけば、充分です。
7.これはメールに限りませんが、論点ではなく、相手の人格批判や、別の点での反論・コメントはしない。日本人は、ディベートに慣れていないせいなのか、政治家同士の足の引っ張り合いのことを、ディベートだと勘違いしているせいか、議論の内容から離れてしまうことが、非常に多いようです
8.そして、パロールなのか、エクリチュールなのか、常に意識することです。ネットになれた人間が増えれば変わっていくでしょうが、今のところ、まだまだ、メールに対するイメージが、人により大きく異なり、エクリチュール的にとらえている人にとって、パロール的に書かれたメールは、大変侮辱的に感じることもあるわけです。

 以上、今更と思われた方もいるかもしれませんが、ネットを上手に使ってネットして欲しいと書かせて頂きました。だらだら書きましたが、この文は、正真正銘クレリィエールのための書き下ろしですし、ご了承下さい。以下は蛇足です。


●言い訳の自己紹介
 ぼくは昭和62年に東大医学部を卒業しましたが、医学部学生の頃から、大学病院で行われていた患者不在の医療に疑問を持ち、大学病院・医局に入るのが嫌で、内科・小児科の初期研修を立川相互病院という民間の救急病院で行いました。その後は、一線の医療を離れて、大阪大学医学系大学院(分子遺伝学)、東京大学医学部生化学教室、ハーバード大学(マサチューセッツ総合病院)、タフツ大学で、分子生物学という基礎医学研究に従事して、平成14年から熊本大学助教授をしています。なお、大学で人間を直接の対象にはしない基礎医学研究を続けてきたのは、以前の大学では患者を実験台に使うような臨床研究が多く、そのような研究をしたくなかったため、動物しか使わない完全な基礎分野を選んだのです。
 現在の本業は、睡眠の基礎研究ですが、週に1回は睡眠障害の専門外来診療も行っています。また、睡眠障害相談室(http://homepage2.nifty.com/sleep/)というネット上のサイトを運営して、これまで1500人以上の方から、無償で睡眠障害の相談を受け付けてきました。医者としては、専門的な高度な医療よりも、ありふれた悩みの窓口になるのが好きで、研究と臨床の両極端の場所で、2足のわらじをはいています。これも医学(研究)なのか医療(診療)なのかわからない中途半端なことが嫌いという性格の結果です。
 数年前に、心無い医療の被害者の方と知り合う機会があり、それ以来、患者側の視点からの医療改善のために何か始めたいと考え、数年前からは、医療系を中心に数十個のメーリングリストに加入して、情報交換・発言してきました。特に、医療改善ネット(MIネット、脚注6)で、医療事故・過誤の被害者の方や、それをサポートする法律家・医師、医療に関心を持つジャーナリストと知り合ってから、活動の幅が広がりました。コンピューターとのつきあいは、20年ほど前の大学生の頃からで(脚注7)、インターネットができた頃から活用しているので、活動はネット中心です。

●介在(かいざい)ニューロン的な役割を果たす
 介在ニューロンとは、ぼくの専門の脳科学分野の専門用語なのですが、ぼくが、この数年してきた役割をよく表す気がします。人間の脳には、たくさんのニューロン(神経細胞)があります。この中には、例えば、目や耳からの視覚・音の情報を受け取る感覚ニューロン、言葉などを記憶するニューロン、手や口を動かして情報を発信する運動ニューロンなど、さまざまな機能を持つニューロンがあります。そして、そのニューロン同士は、直接つながって情報伝達をすることもありますが、多くの場合、「介在ニューロン」を介して、情報伝達します。この「介在ニューロン」は、自分自身で情報を作り出すわけではありませんが、種々の情報を受け取り、それを整理・加工(プロセス)して伝達します。
 現在、ぼくは、自分自身で、実質的な活動をたくさんしたり、(専門分野以外では)自分の作った情報を発信しているわけではないですし(脚注8)、医療の現場に出るのも、週に1日だけで、残りは研究室にこもる生活をしています。しかし、ネットを介して、さまざまな分野の人が発信する情報を大量に受け取り(スパムメールを除いても、1日に数百通以上のメールを受け取って、それなりに目を通しています。)、それを取捨選択して、一定の解釈をつけて、投げ返したり、別のところに投げることで、情報の流通を促進しているつもりです。
 そして、例えば、内科系医師が多いML,精神科医師が多いML,小児科医師が多いMLに入っているので、各科の医師が、どのような傾向で考えるかもわかるし、内科系で小児科系の質問が出たときに、小児科系MLで質問して、情報を介在したり、あるいは、これまでの経験で自分が既に蓄積した部分(つまり耳学問)で答えたりもできるわけです。また、医学部学生の多いMLでは、なるべく自分が学生時代に知っていれば良かったと思うことを中心に、流すようにすることもできます。ネット時代だからこそ、ジャーナリストではない、一市民が、ある程度の専門知識を背景にして、できることではないかと考えています。

●FMJ:グローバルな視点から日本の保健・医療を考える会
 最後に、現在運営しているMLを照会します。FMJを発足させた2001年当時、ボストンに住んでいた仲間たちが、アメリカの医療に触れて日本との違いを知り、その違いから何か学びたいと考えて、意見交換を始めました。それを、アメリカだけではなく、より範囲を広く、国内の意見も聞けるように範囲を広めたくて、2001年12月に、留学中の数人の日本人を中心に作った会で、現在、会員は500名程です。さまざまな情報が飛び交いますが、会員が全世界に散らばっているのが特徴で、ネット時代だからこそできたサークル活動で、下記が紹介文です。(http://k-net.org/fmj/
 「グローバルな視点から日本の保健・医療を考える会(フォーラムMJ:FMJ)は、主にアメリカを中心とした国際的な視点から、保健・医療における広い範囲の話題について語り合うグループです。さまざまな経験と知識を持ち寄り、海外の現状を日本の現状と比較しながら、会員個人と、さらに、それを日本の保健・医療のレベルアップに結び付けて行きたいという趣旨で作られました。」
 なお、FMJはフランス語でForum de Monde au Japon、つまり、世界から日本へ(の情報発信)、という意味で、その当時、911事件直後で、アメリカのグローバリズムに対する批判も高まっていたため、英語ではなくフランス語を使っています。医療に関心のあるどなたでも参加できます。

【脚注】

1.世界に広がるフラッシュ・モブ
http://hotwired.goo.ne.jp/nwt/030923/msg00000.html

2.スマートモブズ:ハワード・ラインゴールド
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4757101031/
http://www.glocom.ac.jp/project/sms/index.htm
http://www.policyspace.com/vol15/shoji_masahiko_vol15.html

3.最初に聞いたのは専修大学文学部(西洋哲学)の船木亨教授の講演です。
http://www.senshu-u.ac.jp/School/bungaku/faculty/bun_a_01_hunaki.html
http://www.senshu-u.ac.jp/School/bungaku/syllabus/all384.html
例えば、ソシュールは、ラングとパロールという概念を持ち出しているようです。
http://members.at.infoseek.co.jp/serpent_owl/arch-text/saussure.htm

4. (^_^;)、(T_T) 、 (-_-;)・・・こんな奴です。ちなみに、英語圏では、横に寝かせて書きます。ヨコモジ文化だからか、面白い違いです。例えば、英語版の笑顔(横にして見て下さい) {:->

5.人間の意見・行動の根拠は、多くの場合、意外に薄弱なものです。例えば、ぼくの場合、「なぜ自分が医者になったのか?=>病気を治したいから」、では、「なぜ病気を治したいか?=>患者を助けたいから」、では、「なぜ患者を助けたいか?=>それが良いことだと思うから」、では、「なぜそれは良いことなのか?=>・・・???・・・良いことだと思うから!!!」と、なってしまいます。まあ、もうちょっとは深いですが・・・(^_^;)
 このように「なぜ」を何回も繰り返す質問法は、自己啓発セミナーなどで、アイデンティティ・クライシスを起こさせる時に、よく用いられる手法で、普通のコミュニケーションでは、避けた方が良いものです。これが許されるのは、お互いに一定の理解をした後だと、ぼくは考えています。
 また、例えば、「戦争に反対」する人は多くても、その理由は千差万別で、感情的なもの、自己の経験によるもの、政治的信念によるもの、宗教的考えによるもの、などなどです。理由や根拠は異なっていても、その部分は、差異として共有して、同じ方向に考えることができる場合もありますね。

6.ぼくは、現在は医療改善ネット会員ではありませんが、そのメンバーを中心に作られた「患者のための医療ネット、PMネット(http://www.pm-net.jp/)」での活動は続けています。また、「患者のための医療」(http://www.shinoharashinsha.co.jp/Kanja/Kanja.htm)という雑誌の編集も、立ち上げから2年ほど、協力しました。

7.NECがPC8001,富士通がFM−7を作った時代、当時できたばかりの東大医学部のパソコンクラブ(コンピューター医療研究会、CML)の部員になって、医療・公衆衛生データの統計処理・予測などのプログラム(STAX,MEDPLAN)を組んで、中山書店から売ってもらいました。このクラブを作ったのが、現・東大医療情報部教授の大江和彦先生、顧問が開原成允先生(当時、東大医療情報部教授)です。

8.本業を一般の方むけに、わかりやすく面白く紹介した著書は、昨年、講談社の出版文化賞科学出版賞を受賞しました。もしよろしければ、お読み下さい。「時間の分子生物学 〜時計と睡眠の遺伝子」(講談社現代新書)

9.本文は、ホームページ(http://k-net.org/opinions/)にも掲載します。コメントも歓迎します。

            熊本大学発生医学研究センター 粂 和彦 (くめ かずひこ)


別表:ネットを使ったコミュニケーションの分類と特徴

【旧来のコミュニケーション手段】

 手紙: 個人<=>個人の間を、紙媒体でつなぐ。タイムラグがある。書き言葉が使われる。
 ファックス: 個人<=>個人の間を、紙媒体でつなぐ。タイムラグがない。特殊な書き言葉。
 電話: 個人<=>個人の間を、会話でつなぐ。タイムラグなし。話し言葉。
 出版: 個人・団体から、不特定多数に情報・意見を発信する。

【メールを用いたネット上のコミュニケーション】
 電子メール: 個人=>個人、従来の手紙と同じだが、タイムラグが少ない。
 同報メール: 同じメールを、複数のあて先に送るもの。
        個人=>属性のはっきりした個人の集団
 メーリング・リスト: 個人=>一意的に決まらない集団
 (インターネット普及前のパソコン通信のフォーラム)
 メール・マガジン: 個人(集団)=>不特定多数

【メール以外のネット上のコミュニケーション
 チャット: リアルタイムに、同時に接続しているユーザー同志が、会話する。
 メッセンジャー、ICQ(I seek you): 相手を特定して呼び出し、チャットが可能
  なお、現在は、音声・画像を使うものもあり、電子会議に近い。
 電子会議: 音声、画像を使い、遠隔の人間が、同時にコミュニケーションを行う。
 =>これらは、同時間的な拘束を伴うので、従来型のコミュニケーションと似ている
 掲示板: 不特定多数=>不特定多数
 ホーム・ページ: 個人(集団)=>不特定多数
 ブログ(ウェブログ): 個人<=>不特定多数だが、掲示板とホームページの機能に加えて、
  トラックバック・コメントという手段で相互関係が作りやすくなっている。